タッピング・タッチの自律神経への作用に関する研究
発表者:中川一郎(財)関西カウンセリングセンター; 櫻井しのぶ 三重大学医学部看護学科
第62回日本公衆衛生学会総会 2003年10月23日
タッピング・タッチは、効果や有効性が実証されている治癒的要素を統合し、心理、教育、福祉などの専門分野での利用、臨床的利用による効果、利用者のフィードバック等をもとに、発表者(中川)が開発したものである。この技法の主要素は、1)タッチ(触れる)、2)左右交互のタッピング、3)聞く・話す、4)経穴の刺激で、それらの相乗効果を活用するものである。
タッピング・タッチは、指先の腹の所を使って左右交互に軽く叩く(タッピングする)ことを基本とするが、「相互タッピング」と「セルフ(自己)タッピング」が有り、用途に合わせて使い分けすることが出来る。タッピング・タッチは、シンプルな技法であることによって、1)誰にでも出来、教え合える、2)親しみが有り、違和感が無い、3)副作用が無く、疲れない、4)社会的な広がりが有り、コミュニティ全体が健康になる機会が増える、等の点に関して考慮されている。
タッピング・タッチは、臨床的応用による結果やフィードバック、そして数多くのアンケート調査などにより治癒的効果が確認されている。確認されてきたタッピング・タッチの効果としては:1)精神的な効果(心身の緊張がとれて、安心感が高まる)、2)身体的な効果(体がほぐれる・体や頭の疲れがとれる)、3)その他の効果(親しみがわき、交流が深まる)等がみられる。また、心理療法などの臨床経験からは、不安から来る緊張、うつ的な症状、神経症、心身症、不眠症等を含む様々な症状に対して、直接または補足的効果が確認されている。このため、心理、教育、福祉、そして医療の専門分野でも利用が広がりつつあり、病院での緩和ケアでの利用における効果に関するリサーチも進行中である。
これまでのタッピング・タッチに関するリサーチは、質問紙による心理的変化の測定が主であり、神経生理的な変化についての測定評価はされてこなかった。この度のリサーチでは、タッピング・タッチの自立神経におよぼす影響を調べるために、1)心拍、2)脳波、3)サーモグラフィーによる皮膚表面温度の変化を生理指標として測定し、施行前と施行後の変化を比較検討した。また、STAI(State Trait Anxiety Inventory)とタッピング・タッチ用に作成された身体感覚に関する質問紙により、心理的変化の測定も加えた。
タッピング・タッチによる生理的変化の測定結果
被験者は10名で、その内の5名は測定中に眠ったり眠気が強かったことが後ほどの脳波の測定結果で判明した。測定中に眠気があると、α波の率が下がり、CVRRや皮膚温度などの値が目覚めている時と全く異なることにより、比較の対象にならない。この為、これらの5名の生理的データは無効とした。また、ABCデザインで測定をおこなった被験者も多く含まれていたため、今回の研究はABデザインと単一被験者リサーチ・デザインによる基礎データとしてまとめた。被験者の数が少ないため統計処理はおこなわなかった。
心理的変化の測定結果
- 質問用紙を使った測定からは、ストレスなどに関連した主観的反応が軽減する傾向がみられた。質問には自律神経の変化に関連した項目が多く含まれているため、緊張緩和と共に、副交感神経の活動が活発になったと考えられる。
- STAIによる状態不安の測定において、不安度の軽減の傾向もみられた。
生理的変化の測定結果
生理的変化の測定結果
年齢 | 性別 | 覚醒 | ストレスA | ストレスB | STAI | CVRR | サーモグラフィー | 脳波 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
33 | 男 | ○ | 高 | ↓ (-18) |
↓ (-26) |
↑ (+1.88) |
↑ (+7.5) |
↑ (+90.3) |
18 | 男 | ○ | 中 | ↓ (-9) |
↓ (-12) |
↑ (+1.08) |
↓ (-1.1) |
↓ (-82.6) |
18 | 男 | ○ | 低 | ↓ (-2) |
↓ (-10) |
– (-0.09) |
↑ (+1.1) |
↑ (+144.9) |
18 | 男 | ○ | 低 | ↓ (-2) |
↓ (-2) |
– (-0.42) |
↑ (+1.1) |
↑ (+49.5) |
44 | 女 | ○ | 低 | – (0) |
– (-1) |
– (+0.05) |
↑ (+0.9) |
↑ (+46.6) |
- サーモグラフィによる皮膚表面温度の変化
(測定値が有効であった5名の被験者の内、4名に温度の上昇が見られた。皮膚表面温度の上昇は、血管系の交感神経の緊張がとかれ、血流が増加した結果であると考えられている。) - 心電図心拍間隔変動係数(CVRR)の変化
(測定値が有効であった5名の被験者の内、ストレス度の高かった2名にCVRR値の増加が見られた。CVRR値の増加は、心臓系の副交感神経活動が活発になったことを示すと考えられている。) - 脳波(α波)の変化
(測定値が有効であった5名の被験者の内、4名にα波帯域の増大傾向が見られた。α波の増加は、脳の活動が静まり、リラックス度が高まったことを示すと考えられている。)
測定結果のまとめ
- 全体的な結果としては、主観的なストレスが高く、タッピング・タッチによってストレス値が多く変化した被験者ほど、皮膚表面温度と心拍変動係数の増加がみられ、副交感神経活動が高まったことが示唆された。また、タッピング・タッチによってα波の増加の傾向がみられ、脳のリラクセーションを促進したと推測された。
- 今後の研究では、1)被験者を増やす、2)ストレス度の高い被験者を含める、3)ABCリサーチ・デザインを使う、4)眠気が起こりにくい状況を設定する、などの考慮が必要と考えられる。
All rights reserved. Ichiro Nakagawa, Ph.D.
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