インドとネパールを訪れ、タッピングタッチの講座と支援をおこなってきました。
3月1日に出かけ、帰国したのが13日でしたから、正味11日間の旅でした。
まだ帰って二日目で、時差と疲れが残っている状態ですが、少し文章にてお伝えします。
日本からのフライトの乗り継ぎをいくつかして、インドのカルカッタに着いたのが1日の夜中。アシスタントとしての参加の石田有紀さんとの合流は無事にできたものの、予定されていた迎えが見当たらず、急きょホテルを手配してカルカッタ市内で宿泊。多くの国では、「現地へ行ってみないと分からない」ことが多いのですが、しょっぱなからでやはり冷や汗もの・・・
翌日、カルカッタからオリッサ郡のブバネーショワルまで、鉄道で南下。よく使いこまれてきた感じのある、どっしりとしたExpress Train。6時間ほどかけて着いた駅で、ようやく現地の迎えの人たちと合流。そこからまた350キロほどの険しい道を自動車で6時間。ようやく最初の研修場所であるソーリー村に着いたのが午前3時頃。翌日の午前中から、その地域の教育やケアにたずさわる人たちを対象にした2日研修をはじめる、といった旅の始まりでした。
ここでは、今回の研修と支援の旅でとくに印象にのこったことや私にとっての大切な学びなどを二つだけ書いてみたいと思います。
まず、今回の旅は、暑いインドとまだ肌寒いネパールの両方をまたいだジャーニーだったことに加え、文化や言葉のチャレンジを多く感じたものでした。どちらの国の言葉もできない私たちとって、英語でしかコミュニケーションをとれないのですが、現地のNGOの職員さんでさえ英語の達者でない人が多いのが現実です。けっこうできそうな人でも、「インド英語」だったりして、英語で話してくださっているはずなのですが、かろうじて内容の主旨がつかめる、ってこともよくあることでした。
2国への訪問で、Tapping Touch International Basic Trainingというものを計3回(2日研修を1回、1日研修を2回)おこなったのですが、それぞれに通訳をしてくれる人が違い、その程度によって話のニュアンスなど、伝わり方がまったく違ってきます。
そのうえネパールでは、電気の配給制があってプロジェクターが使えないこともあり、教えることに工夫と柔軟性を求められることが常でした。これまでアフリカなどを含め、様々な条件で教えてきましたから、なんとかなりはしましたが、やはり言葉が自由に使えず、お互い伝えたいこと、聞きたいことがスムーズにできない時は、ほんとに歯がゆい思いをします。
そんななか、タッピングタッチ自体は、異文化、言葉のハンディ、気候の違い、停電などをものともせず、しっかりと役立ち、伝わっていってくれました。例えば、上記した初めの研修先のソーリー村にあるChild Development Centerでの研修には、教師なども含む50人ほどの方が2日研修を受けてくださったのですが、たいへん熱心でした。
この地域の人々にとって、タッピングタッチはとても異文化なものだった可能性がありますが、大切に学び、受けとっていただけました。受講生の一人は、近隣の小学校の校長先生でしたが、学校で導入したいからと、さっそく私たちを呼んで、子ども達に教える機会も頂きました。どこでも、タッピングタッチの優しくゆったりしたタッチとケアは、やはりたいへん好評でした。
もう一つ大切に感じたことは、タッピングタッチはケアの手法であり、治療法やセラピーではないということです。(英語では It is a method of care と表現することが多かったのですが、ケアのメソッドであり、ケアし合う為のメソッドですね。)
タッピングタッチは、治療法ではない、ということは何かを治そうとしてトラブルが起こらないように、また、医療行為にならないことで問題がおこらないように、といった理由が含まれていますが、海外での研修でより明確になることは、「治す・治さない」「治る・治らない」といった二極論に陥らないことの大切さです。
現代は、多くの国で、災害、紛争、汚染、貧困、劣悪の仕事や生活環境などが原因で、様々な病気や障害が増えています。その為、一般の人々も専門家もなんとかその病気や苦しみを軽減する為に、よい治療法や解決策を求めるわけですが、落とし穴としては、治るのか治らないのか、といった二極論に堕ちいってしまうことです。
今回、インドとネパールでおこなった研修でも「TTは治るのか?治るとしたらどんな病気に効くのか?日に何度すれば効いてくるのか?」といった質問がよくありました。
その度に私は、『タッピングタッチはケアのメソッドであり、「治る・治らない」にこだわり過ぎず、「お互いをケアしあう」ということを一番大切にしたい。その結果として、とてもよいことが起こることをたくさん見てきました』といった主旨のことを丁寧に説明しました。
以前にインドのチェンマイでおこなった研修では、ポリオによる強い障害のある若者へのタッピングタッチをおこないました。その父親とソーシャルワーカーに仕方を教える研修風景のビデオを観たかたもおられると思いますが、身体への変化はあまりありませんでした。でもこの体験で学べることは、やはり、病気や障害がとくに変化しなくても、家族でのケアがとても貴重であること。そして、外面的には変化が見られなくとも、心が癒されたり、関係性が変化したりすることが多いこと。その内面の変化によって、人々が厳しさをのり越え、心優しく、力強く生きていくことが可能になるだろうこと・・・そんなことが含まれていました。
今回の旅では、ネパールの大地震による甚大な被害を受けた山岳地帯へもタッピングタッチを届けることができました。そこでは、主にメンタルヘルスの自助グループと母親のグループへの講座が主でしたが、原因も治療法も不明の、脊髄側弯症のような症状を持った子どもと母親にも会うことができました。
ここでは詳しい説明を避けますが、タッピングタッチをしばらくしていると、子どもの痛々しく、かたく折れ曲がっている手足が緩みました。苦しそうな声や表情も収まり、少しずつ笑顔が見えてきたころ、母親と交代し、仕方を教えながら、ケアのタッチを学んで頂きました。楽そうにしている子供をケアする母親からは深い愛情が感じられて、ジンときました。そのあと、この母親にも石田さんからタッピングタッチを受けてもらいましたが、終わって「ほんとよい気持ちです」と言われた時の素晴らしい笑顔が、今も心に深く残っています。
この時も大きな変化があったわけでもなく、病気が治ったわけでもありません。でも、ケアされた子供が楽になり、幸せを感じているような様子、その愛しい子供をケアする母親の愛、この子が痛がったり苦しがったりした時に、それを楽にできるケアの方法を学んだことによる安堵感、そして、継続してケアしていくことで起こるかもしれない治癒的効果への希望など・・・様ざまな効用を感じることができました。これらはすべて、「治る・治らない」という視点からは見えにくいものだと思います。そしてもっと深い所のケアや愛情といったものの大切さや素晴らしさを教えてくれるのではないかと感じています。
結局ながい文章になってしまいましたが、今回の海外訪問の様子や学びを感じていただけたでしょうか? 少し落ち着いたらレポートを書いたり、講座などでいろいろとお伝えしたりしたいと思いますので、楽しみにしていただければと思います。
とにかく、前回のカンボジア訪問に加えて、インドとネパールでの厳しい環境や生活に触れ、タッピングタッチを伝えることを通して、タッピングタッチの本質が見え、海外の人々や家族にもとても役立つことがよく分かりました。そして、今の時代の厳しい現状
にタッピングタッチがとても役立ち、求められていることも実感できました。
このことで、私はがぜんやる気が出てきていて、みなさんと本腰をいれて国内外での種まきに精をだしたいと感じています。みなさんとご一緒できることを楽しみにしています。
一音 (中川一郎) 2016年3月15日